短期集中連載企画 第1回 南極・昭和基地の住環境を探る 極地に挑むニッポンの技術 地球の極地という過酷な世界に暮らし、研究活動を続けている南極観測隊。 その基盤となる昭和基地には、極限の条件に挑む日本の技術力が注ぎ込まれている。 昭和基地の生活と居住環境にDI M Eは大注目!3回の集中連載で紹介する。 日本の南極観測隊の活動とは?

「国際地球観測年」を機に、南極探査の初期からその中心メンバーとして観測 を続ける日本。
オゾンホールを発見したことが国際的なフロン規制に至るなど、 南極観測隊が積み重ねて
きた研究の成果は、地球規模の研究に活用されている。

  • 氷の流動で隕石が集まる南極のシステムを発見し、火星や月の隕石を採取。日本は世界有数の隕石保有国だ。
  • ドームふじ基地では、太古 の大気を含んだ深部の氷床をドリルで掘削。地球の過去と未来を探る分析が進む。
  • オーロラは太陽風のエネル ギーが影響する現象。昭和基地は絶好の観測地で、世界の研究をリードしてきた。

国の総力を挙げて未知の世界を拓いた第1次南極観測隊

 すべてが凍りつき、猛烈なブリザードが吹き荒れる地球の極地。氷に覆われた巨大な大陸には、地球規模の環境変化や宇宙を知る情報が凝縮されて表われる。南極は宇宙開発と同様に、国際協力によって研究が続けられる壮大な科学的調査のフィールドなのだ。
 その南極に日本の昭和基地が開設されたのは、半世紀以上も前のこと。「国際地球観測年」(1957〜58年)の一環として行われた南極観測は、未知の大陸を探る世界的な共同研究事業。当時はまだ戦後の疲弊にあえいでいた日本にとって、

初代南極観測船「宗谷」。もとは耐氷型貨物船で、軍の特務艦にも使われた船だった。改造を担当したのは戦 艦大和を設計した技師たちだ。
南極観測への参加は国際社会へ復帰するチャンスだった。しかし敗戦国だった日本が観測を許可された地域は、険しい氷海に阻まれる場所で、各国隊が到達不可能としていた前人未到の地。
 日本は、灯台補給船を改造した観測船「宗谷」と、第1次南極観測隊に希望を託した。宗谷は運を味方につけて氷海を抜け、リュッツォ・ホルム湾の定着氷域に着岸を果たす。そこにたどり着くだけでも奇跡的だったが、第1次隊は苦闘の末に東オングル島への上陸に成功。露岩地帯に4つの建物を建設し、昭和基地の開設にこぎつけた。さらに越冬隊11人を基地に残して1年にわたる観測・調査を敢行。極限の環境と闘いながらも、不屈の精神と創意工夫で数多の困難を乗り越え、他国の予想を超える観測成果を上げた。戦後日本の技術力と科学力が世界に問われる場で、壮挙をなしとげたのだ。

現代につながる、 高度工業化住宅の 元祖が誕生 日本の技術の誇りをかけ極限の世界に挑む

 未知の世界に立ち向かう南極観測隊のために、発電機や通信機器、保存食など、あらゆる事項で基地開設の入念な準備が行なわれた。すべてが手探りの状態だったが、研究機関はもとより国内メーカーや技術者たちの熱意で、様々な工夫と技術が生まれていった。特に難題だったのは、建物の設計だ。極寒の地で家となる生活の器がなければ、長期的な観測活動の継続は不可能。失敗は越冬隊員の命にかかわる事態になる。この問題に取り組んだのは、日本建築学会が設立した南極建築委員会だ。

1968年に建設された「第10居住棟」の木質パネル断面。第1次隊のシステムに変更を加え、パネル製造に工業化技術を取り入れた。30年後に南極から持ち帰り、経年劣化や強度を調査。性能の 高さが確認された。
写真提供/ ミサワホーム
「南極の家」を建てるには、いくつもの難しい設計条件があった。基地の設営場所は岩盤か氷の上かもわからない。日本では想像もできないほど激しいブリザードと極限の寒さに負けない建物。それを、建築の素人である観測隊員たちが短期間で完璧に建てなければならない。船のヘリコプターで合理的に部材の輸送ができ、現地では最小限の作業で精度の高い建物になる新たな工法が必要だった。
 試行錯誤の中で宇宙基地のようなドーナツ型の建築案も想定されたが、最終的にはシンプルな長方形の建物が採択された。壁・床・天井などの部材をモジュール化して木製のパネルで製造し、現地で組み立てる新たな建築工法。各部材のパネルがぴったり組み合わさることで、箱状のモノコック構造になり、猛烈な風や雪に耐える強度が生まれる。パネル内部には当時ドイツで開発された発砲スチロールを断熱材に充填した。これが日本で初めてのプレハブ建築であり、現代の日本で普及している工業化せ住宅の原点となったのだ。
 国立極地研究所アーカイブ室の佐野雅史さんはこう話す。
2002年2月撮影の昭和基地。この地域は夏季になると雪が消え岩盤が現われる。管理棟を中心に居住棟などが通路棟(黄色い建物)でつながる居住区があり、気象・地学・電離層などの研究・観測棟が扇状に広がっている。
南極観測隊を実質的に派遣している国立極地 研究所を中心に、基地の再整備計画が立案され、1991〜92年にかけて「管理棟」を建設。日本大学グループが基本設計を行ない、製造は住宅メーカーのミサワホームが担当した。写真は夏季の南極での建設作業風景。昭和基地のシンボルとなる3階建ての複合施設だ。
「今から考えると、第1次隊当時の建物は工芸品のようなもので、最上の木材を使っていました。使った額を当時の価値に換算したところ、1棟7000万円程になる。設備としてはトイレも水道もない小屋のような環境でしたが、建物は非常に精巧にできていたのです」
 越冬隊は食料物資の不足や厳しい自然環境と闘いながらも、室内では温かい味噌汁を飲み、映画を観られる居住空間が保たれていた。
「第1次隊建物は26年後と41年後に日本に持ち帰って調査をしましたが、まだ南極で使用できる十分な性能がありました」(佐藤さん)
 その後、南極建築のテクノロジーは日本の住宅へスピンオフし、ミサワホームなどの高度工業化住宅に展開した。その技術をフィードバックすることで、昭和基地の建物はさらに進化していく。設備が充実した高度な設計が可能になり、2階建ての居住棟や複合施設の管理棟など大型建築も実現。今や昭和基地は60棟の建造物が立ち並び、世界トップレベルの設備を有する観測基地に発展している。

進化する南極観測の マザーステーション 昭和基地

 日本の南極観測事業の主要基地であり、越冬隊員にとっては1年間生活する住まいとなる昭和基地。その住環境は驚くほど快適になっている。下の写真は、実際に建設を受注しているミサワホームが製作した居住棟個室の実物大模型。その内部を観ると、第1次隊の南極建築から発展した木質パネルの基本性能が、隊員たちの暮らしを守る器となっているのがわかる。主要な施設には床暖房が導入され、マイナス40℃になる冬でも室温は15〜20℃。男女別の浴室や水洗トイレもあり、管理棟にはレストラン並みの厨房施設も備えている。
 しかし、一歩外に出れば極地環境なのは変わらない。その中で観測活動を支える基地の設備や生活を維持するのは、もちろん簡単なことではない。南極観測隊員として任務に就くのは科学者や研究者だけでなく、民間の医師や調理師、車両・機械・建築にはメーカー技術者といった各分野のプロたちが、昭和基地で活躍している。

極地に建つ南極住宅の スペックとは?

現在の居住棟も第1次隊と基本は同じ構造で木質パネル工法。熱損失を最小限にする工夫は現代のエコ住宅にも通じる。写真はミサワホームの「ミサワパーク東京」に展示されている、第2居住棟の実物大カットモデルを撮影した。

居住棟の仕様

第2居住棟の壁パネルの芯材はヒノキ。断熱材には厚さ108mmのスタイロフォームを使用。木質パネルの外壁部は何とチタン張り。ちなみに管理棟はガルバリウム鋼板仕上げだ。

木質パネルの内部は格子状に組んだ芯材に断熱材を隙間なく充填し、その両面に合板を張り合わせて一体化した構造。パネルを結合するコネクターは南極用に開発されたクサビ型の金具だ。
発電設備から出る冷却水と排熱を回収して活用する温水式床暖房。省エネでいて温度ムラのない快適な暖かさ。以前は温風式の暖房だった。
越冬隊員用の個室は4畳半ほどの広さ。ベッドと机、収納が機能的に配されている。基地内は無線LANでネットに常時接続。自由にメールやインターネットができる。
3層の断熱窓。砂礫や氷を含んだ猛烈なブリザードが吹きつけるため、強化ガラスを用いている。第1次隊では4層窓が壁パネルに組み込まれていた。
木質パネルの内部は格子状に組んだ芯材に断熱材を隙間なく充填し、その両面に合板を張り合わせて一体化した構造。パネルを結合するコネクターは南極用に開発されたクサビ型の金具だ。
南極で日本の技術が鍛えられる

南極で使われる設備や装備は、堅牢でいて確実に機能すること。さらに南極の自然に負荷をかけない環境性が重要だ。新開発品や既存技術の製品も、国立極地研究所による選定やテストを経て南極に送られ、極地環境で実力が検証される。さながらF1マシンのように、極限への挑戦と創意工夫が新たな技術発展を育む場といえるのだ。

  • 自然エネルギーの利用が進む。太陽光発電パネルは低温と激しいブリザードに耐えうる製品を選定。風力発電機は縦軸型の南極仕様を開発中。

  • 交互に稼働する2台のディーゼル発電機が基地の心臓部。エンジンのメンテナンスは重要で、ヤンマーから出向した発電機担当隊員が参加する。

  • 2004年建設のインテルサット衛星通信装置により、高速インターネットが可能になった。東京の極地研とは内線電話番号でつながっている。

  • 南極では生野菜が不足するため、2008年に野菜の自動制御栽培装置が設置された。空気中の二酸化炭素を濃縮して成長を早める南極仕様だ。

  • 第1次隊から発電機の冷却水と熱を利用するコージェネを実用化。現在は循環式風呂とシャワーが24時間使え、高度な汚水処理施設もある。

  • 食事は隊員たちの活力。調理隊員が限られた食材で工夫しながら腕をふるう。保存食材の技術も南極には欠かせない。写真提供/朝日新聞社

2009年 4代目南極観測船新「しらせ」がデビュー

昨年就航した新しい「しらせ」は、砕氷能力がパワーアップし、輸送力が増大。物資のコンテナ輸送も可能になり、今後の南極観測に新たな展開が期待される。
写真提供/朝日新聞社

2010年 第52次南極観測隊 11月下旬出発

連載第2回(9月21日発売号掲載予定)では、第52次隊によって昭和基地に新たに建てられる最新建築「自然エネルギー棟」を紹介します!