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[超高級カメラminolta X-1]


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私が初めて、ミノルタの一眼レフカメラを意識したのは、1973年の春であった。当時、カメラ少年であった私は、カメラ店に行ってはカメラの新製品カタログをもらってくるのを楽しみにしていた。そこで見つけたのがminoltaX-1の新製品カタログである。まず、驚いたのがその価格。NikonF2が6万2400円だったのに対し、6万1300円と挑戦的だった。なんという恐れ多い価格設定。しかし、そんなことで驚いてはいられなかった。その3年後に発売されたX-1MOTOR(photo 01)は22万という破格の値段が付いていた。ちなみにこれはNikonF3+モータードライブ(MD-4)よりも高価である。
最初は高いから驚いたのだが、その内容も凄かった。世界初のファインダー交換式カメラであり、電子制御式のAE一眼レフカメラだったのだ。X-1MOTORはファインダー交換式、コマ速度可変式、TTL完全自動露出機能を装備した世界初のモータードライブカメラであった。田舎に住んでいた私にとってはまさに夢のようなカメラだったので、実物に触れることもなく時代は流れて、1980年になった。そして宮崎美子がブラウン管に登場した。あのジーンズを脱いで水着になるコマーシャルである。クラスメイトは宮崎美子の話題でもちきりだったが、我ら写真部員の間では、minoltaX-7(photo 02)ってどうよ、という話になった。検討してみるまでもなく3万9500円という価格はビギナー向けモデルである。実際にX-7はXGシリーズの廉価版であり、XGとは世界初の絞り優先とシャッター優先のAEを搭載したXDの下位モデルである。
整理しておくとミノルタの一眼レフカメラには、3系統のシリーズが存在する。
■マニュアルフォーカス、機械式シャッター/SRシリーズ
■マニュアルフォーカス、電子式シャッター/Xシリーズ
■オートフォーカス/αシリーズ
このようにハッキリ分かれているのでわかりやすい。Xシリーズは現在でも中古市場で人気が高く、明るいファインダーとか巻き上げの感覚がいいとか、シャッター音が静かであるとかロッコールレンズが素晴らしいとか、言われているのだが、私は使ったことがないので全くその辺りには疎いのであった。
[元祖オートフォーカスα7000]

話を戻すと、高校の写真部に在籍していた頃はちょうど、AE機構が一眼レフカメラに搭載された頃で、絞り優先のニコンか、シャッター優先のキヤノンか、という論争が起こっていた。私はNikomart FT-2という完全マニュアル機を使っていたので、「プロはAEなんか使わないんだよ」派だった。正直言って、どちらでも同じことなのだが、被写体によってこっちの方が使いやすいということはあった。そこに登場したのが、前述のminolta XDである。世界初の両優先である。これ驚いたのがキヤノンである。ハイテクが得意だったキヤノンがミノルタに先を越されたのだ。1年後の1978年に満を持してCanon A-1を発売。世界初のプログラムAE採用、5モードAE搭載モデルである。ファインダー内に7セグメントの赤色LEDがデジタルでシャッター速度と絞りを表示するのだ。これにはしびれた! なにしろマイクロコンピュータ内蔵である。初めてファインダーをのぞいた時は、これこそ未来の一眼レフカメラと思ったのだ!

Photo 03 |
しかし、それだけでは両者の対決は終わらなかった。1985年にオートフォーカス一眼レフの先駆けとなるMINOLTA α7000(photo 03)が衝撃のデビューを飾ったのだ。私はすでに社会人になっており、その会社の仕事の関係でα7000が速攻でやってきた。触ってみると確かにオートフォーカスの速度は従来のモデルとは段違い! ああ、とうとう一眼レフにもオートフォーカスの時代がやってきたのだと実感した。このカメラは欲しかったのだが、デザインが好きになれず結局は買わなかった。するとこれに対抗して1986年にはNikon F-501が発売され、4月末には一眼レフカメラのオートフォーカスのシェアは50%を超えたという。キヤノンはT80というオートフォーカスモデルがあったが、これでは両モデルに対抗できないため、創立50周年の1987年にEOS 650を発売した。これまた凄いカメラで、一気にオートフォーカス一眼レフカメラは戦国時代を迎え、その後、日本がこの分野で独走態勢に入り世界制覇を果たしたのだ。
[私が持っているミノルタ製品]


Photo 04 |

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EOSはその後も矢継ぎ早に新製品を発表。同年5月にEOS 620、89年にEOS 630、そしてプロ用のEOS-1が登場。90年にはバーコード入力に対応したEOS-10が発売された。私が購入した初のAF一眼レフカメラはこれであった。では、ミノルタは買っていないのかと言えばそれより、ずっと前から愛用しているのがMINOLTA AUTO METER IIIF(photo 04)である。何をするものかと言えばフラッシュメーターである。それからもちろん入射式露出計としても使える。フラッシュメーターはミノルタ、これはプロの常識である。いまでもスタジオなどの撮影現場では、ミノルタのフラッシュメーターが活躍している。これがあると非常に便利なのだが、その話は長くなるので割愛!
実はカメラもちゃんと持っている。かの名機の誉れ高いライカCLの進化系であるMINOLTA CLE(photo 05)である。ミノルタは1973年にその電子技術が買われて、エルンスト・ライツ社から共同開発を持ちかけられた。そのときに作ったのがMINOLTA CLであり、国内ではライツミノルタブランド、海外ではライカブランドで発売された。ライカの一眼レフカメラRシリーズのボディもミノルタが設計しているのである。CLEはさらに露出機構を進化させ、距離計連動カメラとしては世界初のTTLダイレクト測光を採用した。さらにレンズがすぐれものなのだが、ボディしか持っていない。レンズはリコーGRの28mmを付けているのが、このレンズに関しては、また別の機会に…。
このCLEのシャッター音が、なんとDiMAGE A1に採用されているのだ。つまりそれだけ、ミノルタもCLEはレンジファインダーカメラの傑作と自負しているに違いない。まあ、ライカM3の音を出すわけにもいかないだろうけど。というわけで、ざっとミノルタの歴史を振り返ってみた。ちなみにDIMAGEシリーズの元祖、Dimage Vが発売されたのは1997年で、レンズユニット着脱式という画期的な方式だったのだが、発表されてからなかなか現れず、私の中では幻のデジカメという印象がある。
次回からDiMAGE A1が登場するので、この回には目をつぶって投票してくださいね〜
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