ダイムが創刊したのは、1986年のこと。ちょうど私が入社した年だ。
5月の研修では、飯田橋駅に創刊号を乗せたワゴンを出し、路上で売らされた。
当時は、アルファベットで書かれた「DIME」の文字を「ダイム」と読めない人も多く、けっこう尋ねてくる人がいた。
その時のことは今も昨日のことのように覚えているけれど、あっという間に20年近い歳月が経ったわけである。
早い!
こっちも年を取るわけだ。
腹についた贅肉も、樹木の年輪のごとくその円周を大きくし、それを証明してくれる。
普段は特に時の流れを意識することもない。
けれど、時々ではあるが、自覚せざるを得ないことがある。
たとえば、注意してきた警官が、明らかに自分よりも年下だった場合。
しかもその場所が、駐車違反で付けられた黄色いイヤリングを外してもらうために行った警察署なんかだったりすると、「落ち込み度」も激しい。
診てくれる医者が若い時もそうだ。
なんとなく「大丈夫か?」という気持ちになる。
逆に「もう年なんですから、健康にも注意してくださいね」と、言われたら言われたで、「わざと不摂生してやろうか」などと下らない考えさえおこしてしまう。
最悪だ。
しかし、先日、もっとひどい話を聞いた。
私と同い年のR子の話である。
彼女は両親と3人暮らし。
両親が晩婚だったので、ふたりともかなりのお年である。
最近は、その「老け込み」具合が激しいらしく、彼女も心を痛めていたようだ。
そんな両親を元気づけようと、彼女は温泉旅行に連れていった。
しかし、それが彼女を地獄へと誘う旅になろうとは……。
温泉から上がり、親子水入らずで食事をしていたときのことである。
昔からお酒が入ると、ズバズバものを言う父親が、「つい」言ってしまったのだ。
「R子、おまえ最近、老けないか?」
親に殺意を覚えたのは、その時が初めてだったという。
R子は、怒りに震えながらも母親に救いの手を求めた。
しかし結果は悲惨だった。
「そりゃもう40過ぎてるんだから、ある程度は当たり前じゃない」
母親はフォローしたつもりだったのか……。
R子は一人で温泉に戻り、湯気と涙の混じった視界を通して、ずっと鏡を見つめていたという。
全裸になった自分を見つめながら「このまま湯冷めして死んでやる」とも考えたらしい。
けれど、元来R子には根性がない。
寒さに耐え切れず、今度は「のぼせて死んでやる」と、湯船につかったのである。
記憶はそこで途絶え、どうやって東京の自宅に戻ったかもわからなかったと言っていた。ただ、両親は娘の親孝行に終始ご機嫌だったようだが……。
遅く授かった子供として溺愛されて育った彼女は、その悲しさを私に訴えた。
深夜、大量に酒を飲みながら……。
そう、まるで「老ける」ことをさらに加速させるかのごとく、何杯も何杯も。
2004年12月28日
追伸:2004年は、本当に本当にありがとうございました。
新しい年が来るたびに「年を重ねること」だけは誰にも避けられません。でも、どうせ避けられないのなら、みなさんにとって、新しい年がこれまで以上に素晴らしい年でありますように!