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24号で、うちの班の藤谷が『負け犬オンナを襲う「外国人ハズバンド」症候群って!?』という企画をやった。

内容は読んでいただいてのお楽しみ……なのだが、ふと考えてみれば、ダイム編集部には国際結婚が多い。同じ班の楠田の奥さんはロシア人、安藤の奥さんはアメリカ人、私・松元の愚妻は中国人だ。しかも直系の上司・チーフプロデューサー中島の奥さまも台湾人である。

編集部は現在11人。率としては、かなり高いほうだろう。
旦那たちを介して、タモリが昔やっていた「4カ国麻雀」が可能なシチュエーションである。

さて、ある日、取材のために秋葉原に出た時のことである。
いつものように小学館のある神保町から歩いていった。

駿河台を上る。
しばらく東へ歩き、JR「お茶の水」駅前の聖橋(ひじりばし)を渡るという、いつものルートだ。

駅からは、神田川の放水路として作られた大きな窪み=堀割が見える。この本郷側が「昌平坂」と呼ばれる坂になる。ちなみに「昌平」とは儒教の創始者・孔子の生まれた場所だ。

堀割の本郷側には湯島聖堂があり、孔子を祀っている。もちろん「昌平坂」の名も、これにちなんで付けられた。

明治23年(1890年)には、その堀割をはさんだ南側の駿河台に、日本ハリストス正教会(1861年に聖ニコライ大主教が函館のロシア領事館付の司祭として日本に来たときから始まる)のニコライ堂ができる。

この両者が関東大震災で焼け、再び復興した時、私が渡っている現在の「聖橋」がかけられた。この名前は市民からの公募で決まったらしく、聖堂と聖ニコライ堂を結ぶ架け橋という意味があったらしい。

ということは、なんですか? 状況的に、“楠田の奥さん”をニコライ堂、“私の妻”を湯島聖堂とするならば、さしずめ「聖橋」は“私と楠田”ということになるんでしょうか?

そういえば、先日、原稿の遅れた楠田を思いっきり怒ったことがあったっけ……。はてさてロ中の両者をつなぐ以前に、既に橋は決壊している……なんて事態には至っていないとは思うのだが……。

部下には優しく……ということか。



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