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編集部の宮澤に、「デジタルダイムで何か書いてください」と言われた。コラムのタイトルは『ヂウメ』。
何を書けばいいのかと尋ねてみたところ、「第1回だから、『はじめに』というタイトルで、適当に」というではないか……。あまりに安直なスタートじゃないかい?
いざ書く段になってみると、何を書いていいものやら。とりあえず、第1回という言葉から連想する単語を並べてみる。「スタート」→「開始」→「原点」→「原泉」→「本家」→「元祖」……そうだ、元祖といえば、つい最近こんなことがあった。
たまたま妻とテレビを観ていた時のことである。昔なつかしい『元祖・天才バカボン』というアニメをやっていた。
いつ観ても面白い。何度も観た場面なのに、今もゲラゲラ笑ってしまう。
やがて本編も終わり、エンディングの歌が流れ始めた。
「いや〜、これって俺が小学生の頃からずっと観てるんだよなぁ。もう何回くらい再放送やってるんだろう?」などと言ってると、妻が「へぇ〜、でも、このバカボンのパパって、浩一(←私です)より、若いんだよね?」とのたまうではないか?
「え?」
いったい何を根拠に、そんなことを言うのかがまったくわからない。画面に映っている腹巻き・鉢巻き・鼻毛姿のオヤジが、自分よりも若い?……そんなバカな!
しかし、である。懐疑的になっている私の耳に、鋭くエンディングの歌が突き刺さった。
「41歳の春だから〜 元祖天才バカボンの〜」。ガーン!
そうだった! すっかり忘れていたが、バカボンのパパは41才だったのだ!
私は昭和37年(1962年)生まれの42才。41才より年上なのは、間違いない。妻は、このアニメを毎日のように観ていたので、彼の年を知っていたのである。
思い起こせば、『元祖天才バカボン』が最初に放映されたのは、昭和51年(1976年)。私が13〜14才の頃である。
ちなみに父は昭和9年(1934年)生まれで、当時41才。いみじくもバカボンのパパと同い年だった。
自分の父親が、もしバカボンのパパのような人間だったら……。ありえない想像に一人でニヤニヤしていたことを思い出す。
けれど13才の未来ある少年も、何度も何度も再放送を観ているうちに、いまや先の見えた42才……。正に、タリラリラ〜ンな年齢だ。知らぬ間に、現実がアニメを追い越してしまっていたのである。
「鼻毛を伸ばし、ステテコに腹巻き姿でもおかしくない歳になってしまったのか……」。
いっそのことダイムで「これからのトレンドは、ステテコに腹巻きだ」などという嘘八百の記事でもでっちあげるか! などとバカな考えが頭を過ぎる。
しかし、本当にショックを受けたのは、その翌日だった。たまたま来日して、家に遊びに来ていた義父に、先のことを話した時である。
「でも、あなたは、バカボンのパパではありませんね?」
「?」
「孫が、まだできていませんから、あなたは、ただのバカボンです」
ガーン! ガーン! ガーン!
義母もそれに追随する。
「私も寂しいです。早く孫の顔が見たいです」
それを言うか……。トホホ。
確かに我が家には子供がいない。夫婦二人暮らしだ。
子供のいない家庭の女性は、周囲のプレッシャーで辛い思いをするというが、それは男も同じである。しかも我が家は、好きで子供を作らないわけではないのだ。
妻も私も沈黙し、リビングを静寂が覆う。義父母も重い空気を察知したのか、席を立った。
「お出かけですか〜?」
レレレのおじさんのように尋ねる私。
「ちょっと新宿まで行ってきます」
(けっ、二度と戻るんじゃねぇ! ったく)
バタンと玄関のドアが閉まり、再び静寂が我が家を覆う。
あぁ、子供が欲しいなぁ……。
「おまえのおかげで、やっとバカボンにも『パパ』がついた」、まだ見ぬ我が子にそう言える日は、私にもやって来るのだろうか? バカボンのパパにとっての「ハジメに」、そんなことを言える時が訪れるのだろうか……?
アニメのバカボンのパパのように、今はただ、大空のウメ星に祈るのみである。
少子化が叫ばれて久しいですが、以前、日本初の心理学ビジネスのシンクタンク「ヒデキ・ワダ・インスティテュート」代表の和田秀樹さんが、こんなことをおっしゃっていました。要約すると、「環境が悪いので、産めない」「金銭的余裕がないので産めない」などの声が聞こえることもあるけれど、1970年以降、日本で結婚後に生まれる子供の数というのは、ずっと二人程度で変わっていないのが現状だというのである。つまり結婚した夫婦が持つ子供の数が減ったというよりも、晩婚化や非婚化が進んだせいで子供が減っているのだそう。正直、ちょっと意外でした。でも、大方の夫婦が、子供を持ちたいという気持ちは、とにもかくにも普遍的なものなのかもしれません。 |
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